夕刊配達で、自分で使えるお金が増えた

前回の記事では、高校時代の週末に友人たちが家へ集まり、
土曜日は夕刊配達へ行くまで一緒に遊んでいた頃を書きました。

高校1年の冬頃に夕刊配達を始め、
自分で自由に使えるお金が増えました。

中学三年の夏休みにアルバイトをしたときは、
PCエンジンとCD-ROM²を買うという、はっきりした目的がありました。
高校時代の夕刊配達では、継続して収入を得られるようになり、
ゲームソフトや周辺機器を自分で買える範囲が広がりました。

この頃は、特にシューティングゲームをたくさん遊びました。
スーパースコープなど、ゲームソフト以外のものも買っています。

遊ぶゲームも増えましたが、
お金を使う先はゲームソフトだけではありませんでした。
好きになった作品のドラマCDや音楽CDなど、関連商品も集めるようになり、
ゲームを遊んでいない時間にも、ゲームに関わる音楽を聴いていました。

『Pop’nツインビー』から『ツインビーPARADISE』へ

アルバイトの帰りに立ち寄ったCDショップで、
『Pop’nツインビー』のサウンドトラックを見つけて買いました。

そのCDに入っていた、国府田マリ子さんが歌う「Twin Memories」がとても気に入り、
毎日のように繰り返し聴くようになりました。

アルバイト帰りのCDショップでサウンドトラックを見つける場面

もともとツインビーは、ゲームだけでなく音楽やキャラクターも好きでした。
『出たな!! ツインビー』あたりからキャラクターが前面に出るようになり、
私の中では、単なるシューティングゲームというより、
ゲームだけでなくキャラクターも含めて好きな作品になっていました。

そのため、キャラクターや世界をさらに見せてくれる
『ツインビーPARADISE』のCDにも自然に興味が向きました。
ツイパラ関連のCDは全部集めていました。

今振り返れば、ツインビーのキャラクターや世界をもっと知りたくて、
それを深掘りしてくれるCDを集めていたのだと思います。

けれど、当時そこまで分析して考えていたわけではありません。
ゲームも好きで、キャラクターも好きだから、ツインビーが好き。
だから関連するものを手元に置いておきたいという、
もっと単純な感覚だったと思います。

『ときめきメモリアル』の関連CDも、ある程度まで追っていました。

ゲームをしていない時間にも、ゲーム音楽を聴いた

集めていたのは、ドラマCDだけではありません。
ゲームのサウンドトラックだけでなく、
アレンジCDもかなり買っていました。

グラディウス関連や『悪魔城ドラキュラX』などのゲーム音楽CDも持っていました。
『悪魔城ドラキュラX』は、ゲームそのものだけでなく、
曲が特に好きだったことを覚えています。

グラディウス関連のCDでは、
CDの帯などについていた応募券を集めたこともありました。
応募して、グラディウスのオルゴールをもらいました。

いつのことだったかは覚えていませんが、近所に古本市場ができてからは、
新品だけでなく、中古の棚でもゲーム関連のCDを探せるようになりました。

ゲーム音楽は、ゲームを遊んでいるときだけに聴くものではなく、
CDで聴く趣味の一つになっていました。

夏の夜、自室のCDステレオで音楽を聴く場面

『イースI・II』から続いたファルコムの音楽

ファルコムの音楽への興味は、
以前の記事で書いたPCエンジン版『イースI・II』の体験から続いていました。

CD-ROM²から流れる『イースI・II』の音楽に惹かれ、
その後は『イースIII』『イースIV』『ドラゴンスレイヤー英雄伝説』なども遊びました。
ゲームと一緒に、ファルコムのゲームミュージックCDも集めていました。

『イースI・II』では、ビジュアルシーンのBGMだけでなく、
普段のゲーム中に流れる曲も好きでした。
今でも、米光亮さんによるPCエンジン版のアレンジがいちばん好きです。

特に記憶に残っているのが、パーフェクトコレクションです。
ファルコムスペシャルボックスも持っていました。

ただ、ファルコムスペシャルボックスなどを買ったのが高校時代だったのか、
高校を卒業してからだったのかは、もうはっきり覚えていません。

私の中で大きかった三つの名前

高校時代からその後にかけて、作品名だけでなく、
音楽を作っている人たちの名前も見るようになりました。

ファルコムのjdk、コナミの矩形波倶楽部、タイトーのZUNTATA。
私の中では、この三つの名前が特に大きかったです。

ファルコムのゲームやCDを追う中で、
jdkという名前を好きな音楽と一緒に覚えていきました。

PCエンジンではコナミのゲームもかなり買っていました。
『グラディウス』『グラディウスII』『出たな!! ツインビー』、
『悪魔城ドラキュラX』などのコナミ作品を遊ぶ中で、
矩形波倶楽部という名前を意識するようになりました。

ダライアスシリーズは、ゲームそのものに加えて、特に音楽が好きでした。
その音楽からZUNTATAを知って、ZUNTATA自体を好きになりました。

作曲家の名前でも音楽を追った

サウンドチームだけでなく、作曲家の名前も見るようになりました。

私にとって特に重要だったのが、
FFシリーズの植松伸夫さんと、ロマンシング サ・ガシリーズの伊藤賢治さんです。
FFやロマサガのCDを持っていました。

ほかにも『クロノ・トリガー』など、
音楽が気に入ったゲームはCDも買っていました。

すぎやまこういちさんのドラクエの音楽も好きでしたが、
当時はCDを買うところまでは行きませんでした。
現在ではドラクエのCDもかなり持っていますが、
集めるようになったのはもっと後のことです。

ゲーム音楽をCDで聴くことが当たり前になっていく一方で、
私にはもう一つ、ずっと残っていた憧れがありました。

残り続けたPCへの憧れ

パソコンへの興味は、中学2年頃からありました。
電気屋の息子だった友人の家にパソコンがあり、
そこで『A列車で行こうIII』を遊びました。

『A列車で行こうIII』に強く惹かれ、
自宅でも好きなだけ遊びたいと思いました。

それからは、雑誌などでパソコンについて調べるようになりました。
けれど、当時のパソコンは、少しアルバイトをした程度で買えるような金額ではありません。

中学三年の夏休みに働いて買ったPCエンジンとCD-ROM²のように、
自力で手に入れられるものではなく、当時の私にはかなり高嶺の花でした。

私には5歳上の兄がいます。
兄は高校を卒業してすでに働いていて、新車を買ったこともありました。
兄なら少なくとも私よりは現実的に購入を考えられるかもしれないと思いました。

何より、兄もゲーム好きです。
兄もPCゲームに惹かれるかもしれない。
そう考えた私は、パソコンやPCゲームの魅力を熱心に話しました。

その気になった兄が買ったのが、PC-9801DA2です。

正確な時期は覚えていません。
高校時代のどこかだったと思います。

家で『A列車で行こうIII』を遊べるようになった

PC-9801DA2が家に来て、友人の家で遊んでいた『A列車で行こうIII』を、
自宅でも遊べるようになりました。
好きなときに遊べるのがうれしくて、めちゃくちゃ遊びました。

- PC-98風のパソコンを自宅で使える喜びを感じる場面

PC-98では、『プリンセスメーカー2』なども遊びました。
一つひとつのPCゲームをいつ買って、いつ遊んだのかは曖昧ですが、
家庭用ゲーム機とは別に、PCでもゲームを遊ぶようになりました。

こうして、夕刊配達で自由に使えるお金が増え、遊ぶゲームも増えました。
ゲーム音楽や関連CDへも楽しみが広がり、
兄のおかげでPC-98も身近なものになりました。

その一方で、世に出たゲームをそのまま遊ぶだけでは、
少しずつ物足りなさを感じるようになっていました。
「自分ならこうするのに」と考えることも増え、
その気持ちはやがて私の進路を決めることになります。

次は、ゲームを作る側へ興味が向いていった頃を振り返りたいと思います。