やりたいことはあるのに、考える力が続かない
最近、やりたいことはあるのに、なかなか動き始められない日が増えていました。
仕事が終わったあとには、FIFNELの記事を書きたい。
競馬AIの開発も進めたい。
買ったまま遊べていないゲームもあります。
頭の中には、やりたいことがいくつも浮かんでいます。
それなのに、いざ仕事が終わると、
思考に力を使うことにはなかなか手が伸びません。
何もできないわけではありません。
あまり深く考えなくてもできることなら、それなりに取り組めます。
ただ、記事の構成を考えたり、競馬AIの改善点を整理したりするような、
思考に力を使うことを始めようとすると、なかなか集中できません。
気づけば、動画を見るなど、もう少し頭を使わずに済むことを選ぶ日が増えていました。
年齢とともに体力が落ちてきたのかもしれません。
以前ほど物事に夢中になれなくなり、やる気そのものが弱くなっているのではないかとも考えました。
けれど、興味がなくなったわけではありません。
記事のテーマを思いつけば興味は湧きますし、ゲームを始めれば楽しく遊べます。
競馬AIについても、改善したいことは次々と出てきます。
やりたい気持ちは残っているのに、始めるための力が出ない。
今になって考えると、やる気がなくなったのではなく、
考え、行動に移すための余力が残っていなかっただけなのかもしれません。
しっかり眠ったら、考える力まで戻ってきた
そう考えるようになったきっかけは、久しぶりに十分な時間眠った日のことでした。
その日は、起きたときの感覚がいつもと違いました。
いつもは頭の中にうっすらとした不快感が残り、
それが考えることの邪魔をしているように感じることがあります。
ところが、その日はその不快感がなく、
思考を遮るものが取り払われたように感じました。
単に眠気が取れただけではありません。
頭の中がすっきりして、何かを始めようと思える余力が戻っていました。
仕事中に、仕事が終わったあとのことを考えることがあります。
普段なら、記事の構成を考えたり、競馬AIの改善点を整理したりするには、
少し気持ちを奮い立たせる必要があります。
やりたいことではあっても、思考に力を使うことには、どこか抵抗を感じていました。
ところがその日は、そうした抵抗感がありませんでした。
頑張って取りかかろうとしなくても、仕事が終わったら自然にやってみようと思えました。
思考が必要なことを避けたいという感覚がなく、むしろ続きを考えたいと感じていました。
そこで、最近感じていた動きにくさは、やる気や興味が失われたからではなく、
睡眠不足によって考えるための余力が減っていたのではないかと思いました。
やる気は、気持ちだけで生まれるものではありません。
どれだけやりたいと思っていても、体や脳に余力が残っていなければ動けません。
気合いを入れ直すよりも、まず眠る必要があったのです。
睡眠時間を削れば、自由に使える時間が増えたように思えます。
しかし、夜に一時間多く起きていた結果、
翌日の貴重な時間をだるさや集中力の低下で失っているなら、
本当に使える時間が増えたとはいえません。
眠る時間を惜しんだことで、活動できる時間そのものを減らしていた可能性があります。
寝ている時間と、回復できる睡眠は同じではない
睡眠について考え直したとき、
冷房の使い方にも問題があったのではないかと思いました。
私は電気代を気にして、
冷房が午前二時に切れるようタイマーを設定していました。
眠り始めるときは涼しく快適です。
しかし、冷房が切れたあとに部屋の温度が上がれば、
自分でははっきり目を覚ましていなくても、
睡眠が浅くなっていた可能性があります。
朝起きたときに体がだるく、
目の疲れまで残っていることもありました。
寝床にいた時間だけを見れば、ある程度は眠っています。
けれど、その時間すべてで十分に回復できていたとは限りません。
電気代を節約できたとしても、翌日の仕事や活動に影響が出れば、
別の形で大きなものを失います。
仕事の効率が落ちるだけではありません。
記事を書くための集中力が続かず、
ゲームでも、あまり考えずに遊べるものを選ぶようになります。
せっかくの休日も、平日の疲労を回復するだけで終わりかねません。
そう考えると、朝まで眠れる環境を作ることは、
ぜいたくではなく必要な投資なのだと思います。
以前は、目の疲れが休む合図だった
私の場合、睡眠不足が続くようになった背景には、
もう一つ思い当たることがあります。
私は以前、夕方になると目がかすみ、
ピントを合わせにくくなることがよくありました。
一日中パソコンを使う仕事をしているため、
夕方には画面を見ること自体がつらくなります。
目が疲れているから、今日はもう寝よう。
以前は、その感覚が一日の活動を終える合図になっていました。
ところが、ブルーベリー系のサプリを飲むようになってから、
夕方の目のかすみが大きく軽減されました。
飲んでいるときと飲んでいないときでは、
目の疲れ方や、ピントを合わせる感覚に明らかな違いを感じます。
三十日分で二千七百円ほどするため、
サプリとしては決して安くありません。
それでも、私自身は価格に見合うだけの効果を実感しています。
さらに、目だけでなく睡眠もケアするとされている商品で、
眠ったあとの状態にも良い影響を感じています。
効果があるからこそ、休む機会を逃しているのかもしれない
ただ、最近になって少し気になることがあります。
目が疲れにくくなったことで、
以前より長く活動できるようになりました。
夕方になっても画面を見続けられます。
夜になっても、
まだ記事を書けそうだ、
もう少し動画を見られそうだ、
もう少しゲームができそうだと思えます。
これは、本来なら良い変化です。
一方で、以前は目の疲れによって自然に踏んでいたブレーキが、
弱くなったとも考えられます。
目がつらくないから、まだ起きていられる。
まだ起きていられるから、眠る時間が遅くなる。
その結果、目の状態は以前より良くても、
体全体としては睡眠不足が進んでいるのではないか。
最近は、そんなことを考えるようになりました。
もちろん、サプリに含まれる成分によって
本当に目の負担が減り、回復しやすくなっている可能性もあります。
私には、それが疲労を感じにくくしているだけなのか、
実際に疲れにくい状態を作ってくれているのかは分かりません。
年齢を重ねたときや、何らかの理由でサプリを飲まなくなったときに、
それまでのしわ寄せが一気に来るのではないかという不安もあります。
ただし、これは確認された事実ではなく、
私が自分の生活を振り返る中で感じ始めた疑問にすぎません。
エナジードリンクは、元気を前借りするものだと表現されることがあります。
私が飲んでいるサプリが、それと同じものだと言いたいわけではありません。
それでも、疲れを感じにくくなったことで、
本来なら休んでいた時間まで使っているのだとすれば、
結果として似たことをしている可能性はあります。
目が疲れていないことと、体全体が休息を必要としていないことは、同じではありません。
体から警告が出るまで起きるのをやめる
サプリをやめるつもりはありません。
目の状態が楽になり、睡眠にも良い影響を感じていることは、
私にとって大きなメリットです。
問題があるとすれば、サプリそのものではなく、
その効果に甘えて睡眠時間まで削ってしまうことです。
これまでは、目が疲れたら休むという、
体からの合図に頼っていました。
しかし、その合図が弱くなったのであれば、
今度は自分で意識して休む必要があります。
目がつらくなるまで起きているのではなく、時間を決めて眠る。
冷房の電気代を惜しむのではなく、朝まで回復できる環境を整える。
やる気が出ない自分を責める前に、最近きちんと眠れていたかを振り返る。
睡眠は、仕事をするためだけのものではありません。
記事を書くためにも、何かを学ぶためにも、ゲームを楽しむためにも、心身の余力が必要です。
やる気がなくなったように感じたとき、
必要なのは新しい刺激や気合いではなく、十分な睡眠なのかもしれません。
まだ動けるから休まないのではなく、明日も動くために休む。
今の私には、その意識が必要なのだと思います。
