ファミ通が40周年を迎えたそうです。
それを聞いて、まず思ったのは「40年続くゲーム雑誌ってすごいな」ということでした。
ゲーム雑誌として40年。
積み重なった号数を考えると、とんでもない量になります。
ゲーム業界の変化、ハードの進化、ソフトメーカーの盛衰、ブームになった作品、消えていった流行。
そういうものを、ずっと記録し続けてきた存在なのだと思います。
思い出してみると、私とファミ通との出会いは、友達の家に遊びに行った時、
積んであった雑誌を見つけて読ませてもらったことでした。
当時は桜玉吉氏の漫画が大好きで、友達の家に行くたびに読んでいた記憶があります。
一方で、ふと考えました。
私のゲーム歴は、ファミ通よりも長いのです。
もちろん、それは別に私がすごいという話ではありません。
ファミコンが発売される前に私は生まれていて、
ファミ通はファミコンが発売されてからしばらく経って創刊された雑誌です。
時系列としては、そうなるのも自然なことです。
それでも、改めて考えると不思議な感覚があります。
ファミ通がゲーム業界を記録してきた40年があるなら、
私には私なりに、ゲームと一緒に過ごしてきた40年以上の時間があります。
それは、売上や評価やレビューの歴史ではありません。
一人の生活者として、子供だった私がどんなゲームに触れ、何を感じ、
どんなふうにゲームと関わってきたのかという、個人的な記憶の歴史です。
この記事では、その最初のあたりを少し振り返ってみたいと思います。
ただし、最初に書いておくと、これはあくまで私個人の記憶と感覚に基づく話です。
作品やメーカーに優劣をつけたいわけではありませんし、
当時の技術的な制約や流通事情、時代背景を
十分に理解したうえで語れるわけでもありません。
幼少期の記憶なので、曖昧な部分も多くあります。
後から知った情報と、当時の記憶が混ざっている可能性もあります。
それでも、曖昧なまま残っている記憶には、それはそれで意味があると思っています。
友達の家で遊んだファミコン
私がファミコンを買ってもらう前、最初にゲームに触れた場所は、おそらく友達の家でした。
当時、自分の家にファミコンがなかった頃、友達の家で遊ばせてもらった記憶があります。
はっきりした順番までは覚えていません。
ただ、初期に遊んだ記憶があるタイトルを並べると、だいたいこのあたりになります。
ロードランナー。
ゼビウス。
アイスクライマー。
スーパーマリオブラザーズ。
忍者じゃじゃ丸くん。
今になって発売時期を見直してみると、
このあたりの作品はかなり近い時期に集中していたようです。
自分の記憶の中では「ファミコン初期のゲーム」としてひとまとまりになっていますが、
実際には数か月から一年以上の違いがあったはずです。
子供の頃の記憶は、発売日順には並びません。
自分の家にあったか。
友達の家で遊んだか。
何度も遊んだか。
うまくできなくて悔しかったか。
画面や音が印象に残ったか。
そういう感覚で、記憶の中に残っているのだと思います。
近所のおもちゃ屋で買ってもらったファミコン
その後、親にファミコンを買ってもらいました。
場所は、近所の個人商店のおもちゃ屋だったと思います。
大きな量販店ではなく、町のおもちゃ屋です。
今のようにネットで在庫を見て注文するわけでもありません。
欲しいものがあるかどうかは、店に行ってみないと分からない時代でした。
そして、その時に一緒に買った、あるいは抱き合わせのような形で渡された記憶があるのが、
忍者じゃじゃ丸くん、テグザー、エグゼドエグゼスでした。
このあたりも記憶はかなり曖昧です。
ただ、一つ覚えているのは、本当に欲しかったゲームがなかったことです。
そして、その代わりのような形でエグゼドエグゼスを渡されたことは、記憶に残っています。
今なら、欲しいゲームがなければ別の店を探したり、ネットで調べたり、
動画を見てから判断したりできます。
でも当時の子供にとって、ゲームとの出会いはもっと偶然に左右されていました。
店にあるもの。
親が買ってくれるタイミング。
友達が持っているもの。
雑誌や口コミで聞いたもの。
そういう限られた情報と環境の中で、ゲームと出会っていたのだと思います。
どこか変だったエグゼドエグゼスの記憶
エグゼドエグゼスには、少し変わった記憶が残っています。
子供の頃、私が遊んでいたエグゼドエグゼスは、どこか中途半端に感じました。
音がなかったような気もします。
ステージをクリアしても、演出がとてもあっさりしていたような記憶もあります。
子供ながらに「なんだか普通のゲームと違うな」と思っていました。
後になって、ゲームの動画などが見られる時代になってから
通常版らしきエグゼドエグゼスを見た時、
自分の知っているものとずいぶん違うように感じました。
その時に、自分が遊んでいたものは、もしかすると製品版ではなく、
店頭用や流通向けのサンプル版のようなものだったのかもしれないと思いました。
ただし、これは断定できません。
幼少期の記憶なので、他のゲームと混ざっている可能性もあります。
後から知った情報によって、昔の記憶が少し再構成されている可能性もあります。
本当の製品版を当時きちんと比較して遊んだわけでもないので、
私が感じた違和感が特殊な版によるものだったのか、
製品版そのものの仕様だったのかも分かりません。
今となっては、確かめようもない話です。
だから、ここでは「もしかしたら普通とは違うものだったのかもしれない」くらいに
留めておきたいと思います。
ただ、その真相以上に大事なのは、子供の頃の私が、
そのゲームに対して「何か変だ」と感じていたことです。
そして、その曖昧な違和感が、なぜか今でも記憶の底に残っていることだと思います。
振り返ると、幼少期からシューティングが好きだったのかもしれません
こうして初期に記憶に残っているゲームを並べてみると、気づくことがあります。
私はかなり幼い頃から、シューティングゲームに触れていたようです。
ゼビウス。
エグゼドエグゼス。
テグザー。
もちろん、スーパーマリオブラザーズや忍者じゃじゃ丸くんのようなアクションゲームも遊んでいました。
ロードランナーのようなパズル的なゲームも記憶に残っています。
それでも、今の自分がシューティングゲームに惹かれることを考えると、
その原点はかなり早い時期にあったのかもしれません。
敵が出てきて、撃つ。
弾を避ける。
少しずつ先へ進む。
ステージの構成を覚える。
失敗して、もう一度やり直す。
そういう単純な繰り返しの中に、ゲームらしい面白さが詰まっていました。
当時のゲームは、今のように親切ではありませんでした。
説明も少なく、演出もシンプルで、すぐにゲームオーバーになるものも多かったと思います。
でも、その分、操作している感覚が強くありました。
自分がうまくなったことが分かりやすく、画面の中で起きていることに、
自分の手が直接つながっている感じがありました。
私が今でもゲームに求めているものの一部は、
もしかするとこの頃に形作られていたのかもしれません。
ゲームは、記憶の中で人生と結びついています
ファミコン初期の記憶は、正直かなり曖昧です。
どのゲームを何歳の時に遊んだのか。
誰の家で遊んだのか。
どれを自分の家で持っていたのか。
どの順番で出会ったのか。
今となっては、はっきり分からないことも多くあります。
それでも、タイトルを並べていくと、当時の空気のようなものが少しだけ戻ってきます。
友達の家で遊んだファミコン。
近所のおもちゃ屋で買ってもらった本体。
欲しいゲームがなくて、代わりに手に入ったソフト。
子供心に「何か変だ」と感じたエグゼドエグゼス。
そして、いつの間にか自分の中に残っていたシューティングゲームへの興味。
ゲームの記憶は、単にソフト名の記憶ではありません。
それをどこで遊んだのか。
誰と遊んだのか。
どうやって手に入れたのか。
その時、自分が何を感じたのか。
そういうものと結びついています。
だから、私にとってゲームを振り返ることは、単に昔の作品を懐かしむことではありません。
自分がどういう時代を通ってきたのか、
自分の中にどんな価値観が残っているのかを確認する作業でもあります。
ファミ通がゲーム業界の40年を記録してきたのだとしたら、
私には私なりの、ゲームと過ごしてきた40年以上の記憶があります。
それは正確な年表ではありません。
ところどころ曖昧で、思い違いもあるかもしれません。
でも、それでもいいと思っています。
これは資料としてのゲーム史ではなく、
一人の人間の中に残っているゲーム史なのですから。
次に思い出すのは、ディスクシステムのことになると思います。
500円でゲームを書き換えられたこと。
ゼルダの伝説やリンクの冒険、ふぁみこんむかし話 新・鬼ヶ島を遊んだこと。
そして、友達の家にあったツインファミコンを少し羨ましく思ったこと。
ゲームとの付き合いは、まだ始まったばかりでした。
