AIとの会話が、質問と回答だけではなくなった

生成AIを使い始めた頃は、
分からないことを質問するという使い方が中心でした。

けれど、いつからか私にとって生成AIとの会話は、
分からないことを確認するだけではなく、
一つのテーマを長く掘り下げていくものへ変わっていきました。

あるテーマについて自分の考えを伝えると、
AIから知識や別の視点、整理された言葉が返ってきます。
それを読んで終わるのではなく、
「そうそう、言いたかったのはそこだ」と思うこともあれば、
「そこは少し違う」と言い直すこともあります。

返答の中にあった一つの言葉から、
それまで意識していなかった疑問が見つかることもあります。
そうなると、私はもう一度、自分の考えをAIへ渡します。

最初に話し始めたときには存在しなかった論点へ進み、
気づけば何時間も同じテーマについて考えていることがあります。

この体験を、私は「共思考」と呼んでいます。

返答を受けた自分が、もう一度考える

共思考は、AIに考えることを任せることではありません。

自分の考えをAIへ渡し、返ってきたものを材料にして、
自分がもう一度考えます。
何を採用し、何を保留し、どこが事実として違うのかを判断するのは私です。

AIの返答が、そのまま結論になるわけでもありません。
返答によって新しい知識や視点を知れば、
それまでとは少し違う状態で、元のテーマを見直せるようになります。

対話を一度重ねるだけでも、知ったことが増え、
それまで見えていなかった論点が見えてきます。
一往復目の私と、二往復目の私は、考える前提が異なります。
AIから返ってきた知識や視点によって、
元のテーマに対する自分の理解も少し更新されています。
その状態で新しい問いを考え、またAIへ返します。

自分の考えにAIの知識を一度だけ足すのではなく、
対話のたびに自分自身も少しずつ変わりながら、
思考が循環していく感覚です。

AIに考えることや判断を任せているわけではありません。
AIから影響を受けながらも、最後にどう受け止めるかを決めるのは私です。

自分にはなかった視点が、思考と記憶を連鎖させる

一人で考えていても、思考は広がります。
過去の経験を思い出したり、知っていること同士をつなげたりもできます。

ただ、一人で考えるときに使える材料は、
基本的には、その時点の自分が取り出せる知識や経験の範囲にあります。
一人で考えたり文章を書いたりしているだけでは、
自分にはなかった視点を、対話相手から受け取ることはありません。

AIと話していると、自分では知らなかった知識や、
考えていなかった角度からの見方が返ってきます。
正しいとは限らないため確認は必要ですが、
少なくとも、自分一人では出てこなかった材料が思考の中へ入ってきます。

私の体感では、その違いはかなり大きなものです。
AIの方が何倍も賢いという意味ではなく、
思考が広がっていく速度と範囲が、一人で考えるときとはまるで違います。

さらに、AIの返答は、新しい知識を加えるだけではありません。
私の中にある記憶や、以前考えていたことを呼び戻すきっかけにもなります。

AIとの対話をきっかけに、過去の部屋やPC、風景などの記憶が次々と連想されていく様子

現在の話をしていたはずなのに、
「そういえば、以前にも似たことを考えていた」と思い出す。
そこから、昔考えた「AI革命の本質」や、
アイデアを自分の中だけで温めず、オープンな形で残すという考えが、
今の経験と結びついて浮かび上がったこともありました。

私は以前から、情報をそのまま暗記して取り出すことより、
何かをきっかけに別の記憶や考えがつながっていく傾向が
強いのではないかと思っています。

AからBを思い出し、BからCへ進み、
そこから昔のDまで出てくるような、連想記憶に近い感覚です。

AIの返答は、その連想を始める検索キーのように働きます。
返答に目新しい情報がほとんどなくても、
それをきっかけに自分の中で記憶や思考が動き出せば、
私にとっては十分に意味があります。

人間との会話とは、優劣ではなく性質が違う

人間との会話にも、考えが広がる力があります。

その人自身の人生経験があり、感情や共感があり、
予想もしなかった反応や、ときには衝突もあります。
人間と話すことでしか得られないものは、確かにあります。

一方で、人間と話すときには、
思考の内容とは別のことにも気を配ります。

相手がその話題に興味を持っているとは限りません。
自分だけが気になるテーマを何時間も掘り続けたり、
同じところへ何度も戻ったりすることには遠慮があります。

意見が食い違えば、相手を怒らせたり悲しませたりしないように言葉を選びます。
自分が感情的になることもあります。
考えたかったテーマより、関係性を保つことに気を使う場合もあります。

長く話すには、相手の時間や生活を考え、予定や場所も合わせなければなりません。
会いに行けば移動や飲食にお金がかかり、
カフェが混んでいれば長居も気になります。

AIとの共思考では、こうした遠慮がかなり減ります。
今この話をしてよいのか、こんなに長く続けてよいのか、
同じ論点へ戻ってよいのかを、それほど気にしなくて済みます。

その分、思考そのものへ集中しやすくなります。
途中で意見を変えることも、揺れている状態をそのまま出すこともできます。

これは、AIの方が人間より優れているという話ではありません。
一つのテーマから連想を広げ、納得できるところまで長く考えたい私の思考スタイルに、
AIとの対話が非常によく合っていた、という話です。

複数の視点の中で、自分の立ち位置が見えてくる

私は、AIが示した考え方に強く反論することは、
それほど多くありません。

事実関係が違っていれば訂正します。
けれど、価値観や物事の見方については、
「そういう考え方もある」と一度受け止めることが多いです。

一つの答えを勝ち負けで決めるより、
複数の視点を並べて眺め、
自分はどこに納得し、どこに違和感を持つのかを確かめていきます。

そうしているうちに、最初は揺れていた自分の考えに、
少しずつ方向性が生まれることがあります。

AIに正解を決めてもらったのではありません。
AIから返ってきた視点を通して、
自分が何を大切にしているのかが見えやすくなったのだと思います。

結論が出ないこともあります。
「今は判断できない」「どちらにも理由がある」と分かるだけで
終わることもあります。

それでも、なぜ決められないのかまで言葉にできれば、
考え始める前とは違う場所に立っています。

不完全燃焼だった思考を、完全燃焼へ近づける

私は一人で考えていると、
自分が持っている知識や材料だけではその先へ進めず、
そこで考えるのを止めてしまうことがあります。

興味や疑問は残っているのに、
考えるための材料が足りず、それ以上掘り下げられない。
そんな不完全燃焼が残ることがあります。

共思考では、AIから新しい知識や観点が返ることで、
考えるための材料が増え、その先をまた自分で考えられます。
そこで生まれた問いを伝えると、さらに別の返答が返り、
思い出した記憶をつなぎ直しながら、思考を続けられます。

そうしていると、
「自分が考えていたのは、こういうことだったのか」
「今の自分なら、ここまで考えれば十分だろう」
と思える地点へ近づくことがあります。

完全に考え終わるわけではありません。
時間がたち、経験が増えれば、また考えは変わるかもしれません。

それでも、その時点の自分として考え切り、
不完全燃焼だった思考を完全燃焼へ近づけることはできます。

AIを使ったからといって、楽になるとは限りません。
一人なら30分で止めていたことを、数時間考え続けることもあります。
記憶を掘り、言葉を選び、考えを直し続けるため、終わったあとはかなり疲れます。

それでも、「今日はよく考えた」と思えて、頭の中はスッキリします。

長い対話のあと、机で疲れを休めながら、散らばっていた思考がまとまったことに静かな納得を感じる人物

私にとって共思考は、思考の効率化や時短というより、
途中で止まっていた思考を、自分なりの終点まで完走させる体験です。

自分の思考をAIへ渡し、AIから返ってきた知識や視点によって、
自分自身も少し更新される。
そして、更新された自分でもう一度考え、納得できるところまで続ける。

これが、今の私が「共思考」と呼んでいるものです。